上司が部下に対して、私生活の問題について、助言することは、直ちにパワハラではありませんが、会社での不利益をほのめかしたり、強要などがあるとパワハラに該当すると言えます。
私生活上の問題と職場などの公の問題とは、明確に切り出すことができる問題とそうでない問題とが存在します。
しかし、本件では、労働者側が私生活において取引先だとすると、使用者側にとっても一定の利害が発生してしまっていると整理せざるを得ません。使用者側としては、一定の不利益を及ぼしかねないと判断する場合には、立ち入って助言や説得をしなければならない局面もあるでしょう。
ただし、本件では、賃貸しているマンションでのトラブルは、原因が何であれ、所有者が会社の取引先であること一事をもって、トラブルの内容への介入は許容されるべきではないでしょう。
実際の裁判例における類似事例では、直属の上司が人事上の不利益取り扱いをも示唆をしてしまったうえで、建物明け渡しを強く迫った裁判例において、「部下がすでに諸々の事情を考慮したうえ、自らの責任において、家主との間で自主的解決に応じないことを確定的に決断している場合に、上司がなおも会社若しくは自らの都合から、会社における職制上の優越的地位を利用して執拗に強要することは、ゆるされた説得の範囲を超えるとして、部下の私的問題に対する自己決定の自由を侵害するものであって不法行為を構成する」と判示しています(ダイエー事件・横浜地判平成2年5月29日判時1367号131頁)。
本件では、とくに直属の上司が人事評価を直接的に行う立場にあったこと、また、不利益を示唆したことなどが特徴的で、被害者にとっては心理的抑圧の程度が大きいともみれます。
また、実際の要求事項も建物の明け渡しという大きな不利益をともなうものであったことも指摘すべきです。
他方で、会社側も説得をしようと判断する場合には、直属の上司ではなく、役職者などの立場から対話を試みる必要があるでしょう。