はじめに
不倫は、古くは『古事記』『モーゼの十戒』に始まり、婚外関係の歴史は永いのです。
永い歴史を有する不倫は、ここ最近、セクハラだった、と主張されるようになり、会社の責任問題に発展するケースがあります。セクハラ、と称される現象は、基本的には女性が被害者、男性が加害者とされる構図が特徴的です。
事案の概要
東京地方裁判所において平成24年6月13日に出された判決は、会社・元交際者である上司双方に対して慰謝料請求をした事例です。
原告(女性)は離婚済みであり、元上司である被告(男性)は既婚でしたから、不倫です。
原告は、被告会社から休職期間満了による労働契約の終了の通知を受け、結局原告と不倫関係にあったことを理由として、被告の会社を懲戒解雇されたようです。
争点と当事者の主張
争点として、被告が不倫行為をしたのは、セクハラによるものであったのか、一緒に訴えられている会社側は、使用者責任・職場環境整備義務違反の有無・被告会社の事後措置義務違反の有無が争われています。
今回は、セクハラか、単なる不倫かの切り分けについてみていきます。
原告の主張
被告Y1は,当初から原告の業務指導をし,頻繁に外回りに同行させるなどした。被告Y1は,仕事に関しては俺の言うとおりにしていれば大丈夫だ等と述べ,職場内における自己の影響力,権力を誇示するとともに,デートがしたいなどと露骨に好意を示してきた。
また,被告Y1は,勉強会やミーティングの際,原告に対して,「君がいつも使っているバイブじゃないよ,バイブルって言うんだよ」「種牛は,雌牛がケツを尽きだしている格好を見て興奮するんだよ。X君がやっているような格好だよ」など,性的な発言を繰り返した。
平成20年4月末頃,被告Y1は,原告をドライブに誘い,むげに断ることもできなかった原告は,被告Y1とともに日光へドライブに行った。その後,被告Y1は,原告に対し,露骨で執拗に好意を示すようになり,同年5月頃には,原告の自宅マンションで待ち伏せして,胡蝶蘭(またはシンビジウム)とお菓子を渡したり,同月20日の食事会の帰りに一緒に乗った路線バスの中で原告の手を握りしめるなどするようになった。
被告の反論
ア 被告Y1と原告は,平成20年4月の原告の入社直後まもなくから,平成22年7月1日原告が出社しなくなる直前まで不倫関係にあり,週1回くらい食事をし,ラブホテルに5回,ドライブに4回程度行っており,長期にわる交際を続けた。被告Y1と原告との間の性行為や身体的接触も不倫行為の一部として行われたものである。
イ 交際が被告Y1の一方的な好意に基づくものとはいえないこと
① 原告と被告Y1が食事に出かける際,原告の希望で店を決めることが多くあった。
② 原告と被告Y1がドライブに出かける際,原告の都合に合わせて送り迎えの時間を決めていた。
③ 原告は被告Y1の誕生日プレゼントとして,平成20年7月,定価一万円以上するシャープペンシルを贈り,その直後被告Y1は原告の誕生日プレゼントとして1万2千円程度のボールペンを贈るといった高価な贈り物のやりとりをしていた。
④ 被告Y1は,原告やその家族のために,花や食品等を買い与えたことが何度もあった。
⑤ 原告は被告Y1との性交の際,自分の好みでラブホテルを選択したり,ラブホテルの会員になったり,セックスのハウツー本を持参したり,バイブレーターを購入して持参するなどしており,積極的に性行為を行っていた。
⑥ 原告は,子宮頸がん検診を受け,その後しばらく定期的に産婦人科に通っていることなど,健康に関するプライベートな事実を被告Y1に告げたり,会話の中で互いに健康状態などについて気遣いを見せている。
ウ 原告の発言
原告は,被告Y1に対し,「私は2番目の女はいやだ。」という発言を繰り返している。また,被告Y1からの身体的接触を拒む際にも,被告Y1が嫌いであるとか,セクハラであるといった発言は一切していない。
エ 原告が被告会社の勤務を継続し,セクハラについて相談報告もしていないこと
原告は,2年以上にわたって,被告会社の勤務を継続しているし,また被告Y1からセクハラを受けているとの相談報告を被告会社の女性従業員,一次原告を指導していたD氏,被告会社を紹介してもらったC夫人にもしていない。
裁判所の判断
本件は,原告が主張する被告Y1のセクハラ行為について,基本的に原告と被告Y1の供述しかなく,これを基礎付ける客観的な証拠が乏しい事案である。もっとも,下記(2)のとおり証拠上認められる事実経過,すなわち,被告会社に入社して間もない原告が,上司である被告Y1からドライブや居酒屋に誘われるようになり,ラブホテルにおいて月に1回程度性行為をする関係が半年ほど続いたが,原告が拒むようになるとラブホテルで性行為をすることはなくなったこと,その後も,被告Y1から原告に対する性的な発言をしたり,胸や体を触るといった性的な接触行為は続いていたが,Bを交えて,原告と被告Y1との間で話し合いがもたれると,しばらくの間被告Y1から原告に対する性的な接触行為はなくなったこと,しかしながら,その後,再び社内や宿直室において性的な接触行為がなされるように至って,原告が代理人を通じて被告会社に対してセクハラの申告を行い,損害賠償を求めるようになったという事実経過に照らすと,当初から一貫して被告Y1からセクハラを受けていたという原告の供述は,自然かつ合理的である。これに対して,当初から原告は結婚を望んでおり,性行為に積極的であり,原告とは不倫関係にあったとの被告Y1の供述は,不自然で不合理な点が多く信用できない。‥(中略)‥
以上からすると,原告と被告Y1の関係は不倫であり,全て合意の上での行為であるとする被告Y1の主張にはいずれも理由がない。被告Y1は,平成20年4月,原告が被告会社に入社した当時から原告に好意を寄せており,職場上の上下関係を利用して,原告に対し,性行為を含めた性的な関係を強要してきたものといえ,かかる行為は,セクハラに該当し,被告Y1は民法709条の不法行為責任を負うものと解する。
判示内容は、セクハラであると判断し、不倫ではなかったと考えています。
若干の検討
原告の主張は不倫とする裁判例を多く扱ってきた不倫判例百選ですが、原告の主張は不倫ではない、セクハラである、被告の反論は不倫である、とする局面では、当初の性交渉があったことを前提に論が展開されていることがわかります。
そもそも不貞行為がないならこのような攻防にならないのですが、この裁判例を被告配偶者が目にしたとき、異なる主張をするであろうことは想像に難くないはずです。
この場合、複数回の性交渉すべてが、本件の被告にとって真意でなかった、と判断されるかは証拠が少ない本件では、微妙なのではないかと考えています。